茶店妄想叙事詩

顔も知らない誰かの物語を執筆しています。

スタバもうそう叙事詩

美しく駆けてゆく君は

 今日の帰り道はやけに人が少ない気がする。いつもは混み合っている歩道も、真っ直ぐ快適に歩けるではないか。そのことで、妙に感動してはいるのだが、結局、人が恋しくなって某コーヒーショップに寄ることにした。

 注文を終えて、空いている席に私は座った。コーヒーを啜りながら、ぼんやり考え事をしていると、隣の席で電話をしている女性が「練習すれば、絶対できるようになるよ!勝てるよ!」と言うのが聞こえた。

 

 では、彼女の日常をほんの一部だけ、勝手に妄想してみようと思う。

 

 彼女は、スポーツアパレルブランドの社員で、その会社の陸上部に所属している選手でもあった。もちろん、種目はハイヒールマラソンである。あまり聞き馴染みのない競技名だが、無理もない。世界の選手人口はまだ100人にも満たないマイナースポーツだからである。しかし、そこには壮絶な闘いが繰り広られており、その感動の物語に涙する人は少なくない。いずれ、ハイヒール走り幅跳び、ハイヒール100m走、ハイヒール駅伝などの種目も加増され、スポーツ用品店のスニーカー売り場が、競技用ハイヒールに埋め尽くされる日も、そう遠くはないだろう。その為にも、彼女は、知名度を上げようと必死に活動しているのである。

 現在、この陸上部のハイヒールマラソン選手は、彼女を合わせて2名が所属しているのだが、もう1人は、競技経験がなく、2年前の大会で彼女の走りに感激し、今年の新入社員として入部したばかりである。かなり見込みのある選手で、トレーニングも真面目に取り組んでいた。

 しかし、関心していたのも束の間、突然電話がかかってきたのだ。着信を受け、スマホを耳に当てると、今にも泣きそうな声で「引退したいです」と告げられた。そして、「貴方と共に過ごした、笑いあり涙ありの日々は決して忘れません」と続けた。何を言っているのだ、まだ4日しか経っていないじゃないか、と彼女は唖然としてしまった。やはり、ハイヒール坂道ダッシュ100本が自信を無くした原因かもしれない。流石にやめておくべきだっただろうか。しかしながら、このまま引退されては困る。競技用ハイヒールを大ヒットさせるためにも、阻止しなければ、、、

 彼女は「大丈夫、練習すれば、絶対できるようなるよ」と優しく声をかけた。誰でも初めは初心者であり、出来なくて当たり前なのである。誰もが通る道なのだが、どうやら、そう言う訳ではないらしい。「鏡で自分のハイヒール姿を見た時に言葉を失ったんです」「すね毛に赤のハイヒールは、冷静に考えたら気持ち悪すぎます」と返答された。彼は、男としての何かを失いかけていたのかもしれない。

 

 これを読んでいる男性諸君に呼びかけよう!ハイヒールを履いて、感動の汗と涙を共に流そうではないか!部員募集中!