茶店妄想叙事詩

顔も知らない誰かの物語を執筆しています。

スタバもうそう叙事詩

絡まった想いを

 今日もまた一段と気温が高いではないか。このままでは、いつか人類は外に出られなくなると思いながら、私は自転車に跨っている。そうこう言いながらも、少し早く駅に着いてしまったようだ。次の電車が来るまで、まだ時間があったので、私は某コーヒーショップに立ち寄りアイスコーヒーを注文した。空いている端の席に腰かけると隣の男性2人組から、「ネックレスは好きじゃないかなぁ」と会話が聞こえてきた。

 

 それでは、彼の人生を少しだけ勝手に妄想してみようと思う。

 

 ある夏のことである。今、彼は選択に迫られている。目の前に、肌の白い女性が1人。白を基調としたワンルームには、最低限の家具しか置かれておらず、殆ど生活感のない部屋である。何も乗っていない綺麗な机を挟んで2人は座っている。彼の部屋の炬燵には、まだ薄汚い布団が付いているというのに、、、やはり彼女とは釣り合うわけがない。男は何も言わずに去って行く、格好好良いことはできないので、こうして部屋まで乗り込んでウジウジとしている。

 今思えば、コーヒー派と紅茶派、動物園派と水族館派、猫派と犬派、プレステ派とスイッチ派、例を挙げてもきりがないのだが、普通であれば決して混じり合うことがなかった2人なのだ。何故、2人が出会ったのかは、また別の機会に話をするとしよう。

 ここまで、沈黙が続いていたが、彼女が口を開いた。「私ね、最近ネックレス買ったんだ」と言い、菱形のルビーが付いたネックレスを取り出した。「ルビーを菱形にするのって難しいらしいんだけど、やっと見つけたの」と続けた。部屋のに証明に反射して赤い光がきらりと輝いた。小さくて儚いながらも、なにか強い力が秘められているようだった。

 「つけてみてよ」と彼が言おうとしたその時、彼女が「これ、チェーンが絡まってて付けれないんだよね」と少し困った表情で彼にネックレスを渡した。小さな輪っかが幾重に混じり合っており、見ているだけで頭が痛そうになる程だ。数分格闘したが、不器用な彼には解くことが出来なかった。すると、貸してみてと彼女は微笑みながら手を伸ばした。彼女はネックレスを受けとり、シャープペンの先端を使いながら器用にチェーンを解いてしまった。

 

 彼は菱形型のルビーの意味を聞くことなく、部屋を後にした。

街角のアリア

久々に1人でゆっくりと昼食が取れそうだ。しかも、いつもより時間に余裕がある。そう思い私は、少し離れたお店に行くことにした。薄暗い店内に木目調のアンティーク風のテーブルが並び、サラダにはクルトンが振りかけられ、カレーライスのお米が白くない、私にはおしゃれすぎるお店である。お店を後にして、残り時間をどうやって過ごすか考えていると、コーヒーが飲みたくなったので、これまた、おしゃれな某コーヒーショップに立ち寄った。

 私は、注文をしたコーヒーを受け取り、窓辺の席に腰掛けた。すると、レジ前の列の方から、「安くて歌えるなら、それで良い」という女性の声が聞こえてきた。

 

 それでは、彼女の人生を少しだけ、勝手に妄想してみようと思う。

 

 突然だが、皆様は電話ボックスに入ったことはあるだろうか?無論、スマホが普及した、現世においては、既に不要なものなのだろう。今回は、そんな電話ボックスに新たな需要をもたらそうとしている、1人の女性についての物語である。

 


 1人焼肉、1人旅、1人水族館、1人映画、1人将棋。お一人様で何かを楽しむことは、もはや恥ずかしいことではない。優雅な時間を過ごすためには、1人の世界も大切なことであろう。そんな彼女も、休日は1人カラオケを楽しむことで、雅やかなひとときを堪能していた。

 ただ、1人カラオケのつらい所は、割り勘ができないことにある。小さな部屋に10人くらいの高校生が入って行くのをよく見かけると思うが、おそらく彼らは1人数百円の料金で済んでいるのだろう。残念ながら彼女には、それはできない。土日は朝から晩まで歌い尽くしている新入社員の彼女にとって、数千円の出費は痛いものである。

 


 いつもと変わりない休日の朝、今日も行きつけのカラオケで1日を謳歌する予定だ。コーヒーを沸かしながら、出かける準備をしていると、テレビから少し気になるニュースが流れてきた。「ニューヨークで最後の電話ボックスが撤去されました」と男性アナウンサーが話している。電話ボックスなんて入ったことがあっただろうか。そんなことをぼんやり考えていたが、今は出かける用意をしなければならない。誰かに会う予定は特に無いので、最低限のメイクを施し、誰かが見ているわけでも無いので、適当な洋服に着替えて、玄関の扉を開けた。

 


 休日の街は、いつもより賑わいがある。平日の朝とは、また違う雰囲気だ。そんなことを思いながら、目的地に向かっていると、歩道の脇に電話ボックスがあることに気がついた。普段なら何も思わず素通りするところだが、今朝のニュースの所為で足を止めた。別に用があるわけでもないが、この電話ボックスも撤去される日が来るかもしれないと、何故か少し悲しくなり、彼女は中に入った。

 

 中は何も変哲のない電話ボックス、大学受験の赤本よりも分厚い電話帳まで置いてある。今時、誰が使うのだろうか。彼女は電話帳をペラペラと開き始めた。

   1ページ目に書いてある文字は、「アニソン特集」

   「なにこれ?」彼女は思わず声に出して、顔を顰めている。連絡先ではなく、曲名が書いてあり、一つ一つに電話番号らしきものが宛てられている。彼女は十円玉を取り出し、受話器を耳に当てた。恐る恐る曲の電話番号を押すと、音楽が流れてきた。しかも、歌詞は聴こえてこない。カラオケだ、、、彼女は驚いた。

 

 友人に電話ボックスのカラオケのことを話すと「え?でも、歌ってるところ通行人に丸見えじゃん!」と言われた。彼女は「安くて歌えるなら、それで良い」と笑った。

 

 一体誰が、こんな物を設置したのでしょうか。皆さまのご近所にある電話ボックスももしかしたら、電話ボックスではないかもしれません。後から聞いた話ですが、電話ボックスの撤去を阻止するために、全国電話ボックス保護団体という組織がいるとかいないとか、、、

限界を知る前に

帰宅ラッシュの雑踏が目立ち始めるこの時間、列車が線路を走る音や車のクラクション音、人々の談話と共に路上ライブのサックスが鳴り響いている。橙色に輝く夕日が一日の終わりを告げ、人混みで溢れている駅前で夢を追いかけるサックス奏者の男性。これが俗に言う “エモい” なのだろうか。こんな日、優雅にコーヒーでも飲みながら酔いしれようと思い、横断歩道を1つ渡り、某コーヒーショップに立ち寄った。いつも通り、注文を終えて、空いている椅子に腰掛けた。しばらくすると隣の男女の会話が聞こえてきた。「もう限界一歩手前だったよ」と少しにやけた表情で男性は女性に伝えた。

 

 彼に一体何があったのだろうか。それでは、勝手に妄想してみようと思う。

 

 あの日、彼はバックパックひとつでアジアの小さな村に立ち寄っていた。道路も舗装されていないような辺鄙な場所で、1日2本のバスが中心街とこの村をつなげている。こんな海外の田舎でも、日本製のバイクや車が縦横無尽に走っているではないか。そんな光景を見て、祖国の技術者たちの努力に感服させられている彼だが、定職に就かず、工場のバイトで稼いだ端金を握りしめて、フラフラとしている。

 日本を出発して3ヶ月が経とうとしている。海外で旅をしながら暮らすことにも、ようやく慣れてきた。人類は、稲作を始めことで、定住をするようになったらしいが、米を作るという立派な職業に就いていたからこそ、屋根の下で寝ることができていたのだろう。獲物を追い求めて、職を転々としているような者は、やはり流浪がお似合いのようだ。

 そして、昔と今も変わらないものがもう一つあるようだ。そう悪の存在である。もちろん旅で出会った人達は皆、仏のようではあったが、ならず者はどの時代どの場所にも必ず現れる。実以て、彼は朝目覚めたら靴がなくなっていたらしい。

 一体誰が、3日も風呂に入っていないような、30歳手前の男が履いていた靴を欲しがるのだろうか。取り敢えず、性悪説を唱えた荀子に清き一票を捧げるとしよう。

 それはそうと、今日から何を履いて歩けば良いのか。旅人は足で稼がねばならぬというのに。どこかに靴を売っている店はないのだろうか。ただ、本当に足で銭が稼げるわけではないので、軍資金は底をつきそうなのが現状ではある。仕方がないので、まずは裸足で歩いてみることにした。小さな砂利が微妙に痛いではないか。次に、所持している6枚の靴下を全て重ねる事で足裏の負担を軽減しようと試みた。これはなかなか良さそうだ。しかし、次の町に向かうバスの停留所は、徒歩で一日かかるという。こういう日に限って、ヒッチハイクで車が捕まらない。それでも彼は歩き続けた。途中で空腹を満たそうと訪れた、太陽光でピザを焼いているイタリアンレストランは定休日、やっと見つけた靴屋は、何故か競技用ハイヒールしか置いていない。運の悪い日は、追い討ちをかけるような不幸が連続して起こるのは、どうやら本当の事らしい。

 こういう時、旅人はふと思うのだろう。「あれ?今、自分は何をしているのだろう?」「やりたいことが他にあるのではないか?」

 

 バス停に着いた頃には、靴下は既にぼろぼろで、最後の一枚まで破れそうになっていたらしい。まさに限界の一本手前の経験をしたのだ。

 

 そんな彼にも、今は守るべき人がいて、夢を追いかけながら、ちゃんと定住をしている。

何処かにいる貴方へ(2)

このタイプライターのようなこの機械は一体何なのか。不思議そうな面持ちで彼女は、それを見つめていた。黒を基調としたアンティーク感が漂う代物で、埃を被っていているが、そこには麗しさをも感じることができる。これもまた、何か惹かれるものがあった。

 近づいてみると、少し変わった形をしているが、やはりタイプライターそのもので、用紙には何やら文字が入力されていた。それは、用紙の右詰で書かれている文字と左詰で書かれている文字で構成され、まるで、メッセージアプリのチャットのように見受けられる。

 「まだ動くのかな」そう言って、彼女は恐る恐る、文字盤でなんとなく「いちご」と押してみた。思っていたより大きなガチャンという機械音と共に文字が入力され、今日の日付が自動で刻まれた。どうやら、文字と日付は、相手が右側で、こちらは左側に入力されるらしく、他の文章にも日付が入力されているため、やはり誰かと誰かの会話なのだろう。しかし、本当にアンティーク品なのだろうか。なんとも不思議なタイプライターである。

 彼女は用紙の内容を読み始めた。1番上の文章は相手から始まっており、「初めまして、誰かいるのかい?」と書き込んである。日付が1870年11月28日となっていることに少し驚いた。そして、次の文章はこちら側で「貴方の名前を教えて下さい」と返信している。日付は1870年11月29日の翌日になっている。再び、相手に戻り「名前は教えられない」と一言だけの入力。ただ、その返信は、10年後の1880年11月29日となっていた。その後、数回のやり取りがあったみたいだが、相手の返信はいつも、10年後になっていることに眉を顰めた。更に、相手は2010年8月2日が最後の入力となっており、100年以上もチャットが続いていることに謎が深まるばかりだった。

 彼女はもう一つ奇妙なことに気がついた。相手の文章は言葉選びや口調が統一されているのだが、こちら側は同じ人が書いているようには思えず、性別まで違って見えるほどである。確かに、返信が10年後で100年近くも続いている会話を同じ人物が続けているとは考えにくい。彼女は自分と同じように、このタイプライターを見つけた人が他にも何人か存在しており、交代で入力しているのだと考えた。それなら、こちら側は返信を書くことはできる。しかし、不可解なのは、相手側である。そもそもどこから返信しているのか、本当に1人だけで入力をしているのか。もしかしたら、このタイプライターは宇宙や時間を越えることができるのだろうか。「そんなSFみたいなことがある訳ないよね」と言葉を漏らし、彼女はタイプライターに手を添え、「貴方は誰?」「10年後に待ってるわ」と書き込んだ。

 


 あれから、まだ10年は経っていない。どんな展開が待っているのか。ほんの少し期待しながら、彼女は今も返信を待っている。