茶店妄想叙事詩

顔も知らない誰かの物語を執筆しています。

スタバもうそう叙事詩

何処かにいる貴方へ(2)

このタイプライターのようなこの機械は一体何なのか。不思議そうな面持ちで彼女は、それを見つめていた。黒を基調としたアンティーク感が漂う代物で、埃を被っていているが、そこには麗しさをも感じることができる。これもまた、何か惹かれるものがあった。

 近づいてみると、少し変わった形をしているが、やはりタイプライターそのもので、用紙には何やら文字が入力されていた。それは、用紙の右詰で書かれている文字と左詰で書かれている文字で構成され、まるで、メッセージアプリのチャットのように見受けられる。

 「まだ動くのかな」そう言って、彼女は恐る恐る、文字盤でなんとなく「いちご」と押してみた。思っていたより大きなガチャンという機械音と共に文字が入力され、今日の日付が自動で刻まれた。どうやら、文字と日付は、相手が右側で、こちらは左側に入力されるらしく、他の文章にも日付が入力されているため、やはり誰かと誰かの会話なのだろう。しかし、本当にアンティーク品なのだろうか。なんとも不思議なタイプライターである。

 彼女は用紙の内容を読み始めた。1番上の文章は相手から始まっており、「初めまして、誰かいるのかい?」と書き込んである。日付が1870年11月28日となっていることに少し驚いた。そして、次の文章はこちら側で「貴方の名前を教えて下さい」と返信している。日付は1870年11月29日の翌日になっている。再び、相手に戻り「名前は教えられない」と一言だけの入力。ただ、その返信は、10年後の1880年11月29日となっていた。その後、数回のやり取りがあったみたいだが、相手の返信はいつも、10年後になっていることに眉を顰めた。更に、相手は2010年8月2日が最後の入力となっており、100年以上もチャットが続いていることに謎が深まるばかりだった。

 彼女はもう一つ奇妙なことに気がついた。相手の文章は言葉選びや口調が統一されているのだが、こちら側は同じ人が書いているようには思えず、性別まで違って見えるほどである。確かに、返信が10年後で100年近くも続いている会話を同じ人物が続けているとは考えにくい。彼女は自分と同じように、このタイプライターを見つけた人が他にも何人か存在しており、交代で入力しているのだと考えた。それなら、こちら側は返信を書くことはできる。しかし、不可解なのは、相手側である。そもそもどこから返信しているのか、本当に1人だけで入力をしているのか。もしかしたら、このタイプライターは宇宙や時間を越えることができるのだろうか。「そんなSFみたいなことがある訳ないよね」と言葉を漏らし、彼女はタイプライターに手を添え、「貴方は誰?」「10年後に待ってるわ」と書き込んだ。

 


 あれから、まだ10年は経っていない。どんな展開が待っているのか。ほんの少し期待しながら、彼女は今も返信を待っている。