茶店妄想叙事詩

顔も知らない誰かの物語を執筆しています。

スタバもうそう叙事詩

いちごは甘酸っぱい

 寒さなどとっくに和らぎ、まだ5月半ばだというのに汗ばむ季節になってきた。去年の5月はこんなにも暑かっただろうか。過去の私に問う。

 そんな帰り道、私は冷たいものが飲みたくなり、某コーヒーショップに寄った。ひとしきりの注文を終え、空いている席の椅子に腰掛けた。

 アイスコーヒー片手に、暫く時間を潰していると、隣の席でストロベリーフラッペを飲んでいる男女から会話が聞こえてきた。男性が一言、「いちごはものによるかな」と意味深長な表情をした。

 

 では、彼の歩んできた人生の一部を勝手に妄想してみようと思う。

 

 あれは数年前のこと。彼は大学の講義が終わり、下宿先に帰る途中だった。いつものように、学生寮が立ち並ぶ、薄汚い路地を歩いていると、前から、1人の女性がこちらに向かってくるのに気がついた。

 彼女は白のカーディガンに茶色のロングスカートを履いており、季節はずれの日傘をさしていた。顔は傘で隠れており、よく見えないが成績優秀で、高貴な美女に違いないだろう。休日は丸眼鏡をつけた初老の男性が営む喫茶店で読書をしている風景が容易に想像できる。

 しかし、この辺りは、家賃3万円のボロ部屋に住んでいる野蛮な学生が通る道。彼女のような、心に一切穢れの無い人間がここにいてはならない。たちまち、妖怪の類の怨霊により、成績悪化による留年の呪いをかけられてしまう。このままでは、彼女の安全は保証できない。この界隈では比較的紳士である彼は、一言助言しようとした。だがしかし、絶世の美女に声をかけるなど、そんなことできるわけがない。狭い路地でいきなり会話を持ちかける。うん、通報される。残りの余生を1人寂しく独房で過ごすなど、丁重にお断りする。

 そんなことを考えていると、彼女と彼の距離は縮まり、今にもすれ違いそうになる。その時、傘の影から口元が見えた。赤い口紅に白い肌、目元は不確かだが、透き通った栗色の瞳をしているに違いない。

 その時だった。彼女はこちらに顔を向け、上品に微笑んだ。ような気がした。もちろん顔は見えていない。そのまま、言葉など交わすはずもなく2人は背を向けた。

 彼が振り返ると、彼女の姿はもう無かった。何処か脇道に入ったのだろうか。あるいは彼女自身が妖怪の類か。立ち止まり、辺りを見回していると地面にきらりと輝くものを見つけた。手にとってみると、いちごのデザインが施してあるピアスかイヤリングのようだった。きっと落としてしまったのだろう。彼は、それを大事にポケットへとしまった。

 

 時は経ち、彼も社会人になっていた。今日は、同僚の女性と仕事の打ち合わせをしながら、某コーヒーショップで雑談を楽しんでる。女性とは、学生時代には面識がなかったが、入社した頃に同じ大学だと知った。成績も優秀で、誰もが目を惹く女性だ。2人でいるところを誰かに見られたら、嫉妬で殺されてしまうかもしれない。

 白い肌に、栗色の透き通った瞳をしているその女性は、いちごのイヤリングの秘密を、まだ誰にも話していない。