茶店妄想叙事詩

顔も知らない誰かの物語を執筆しています。

スタバもうそう叙事詩

何処かにいる貴方へ(1)

朝から雨が降っていたが、午後から人と会う予定があったので傘を取り出し、私は外へ出た。この傘も何年使っているかわからない。なんだか傘が疲労を訴えている気もする。そんな私も、この迷路のような街を歩いていると疲れを感じてしまう。いつまで経っても都会は慣れない。そう思うのも、雨のせいにしておこう。知人と合流し、昼食を済ませた。済ませたは良いがやる事もないので、私たちは当てもなく、再び歩みだした。たどり着いたのは某コーヒーショップだった。

 注文をしたコーヒーを受け取り、私たちは空いている席に腰掛けた。しばらく世間話でもしていると、隣の席に座っている2人の女性の会話が聞こえてきた。すると窓側の女性が「え!?10年も待てるの?」と驚愕している。

 

 では、彼女は10年も何を待っているのだろうか。勝手に妄想してみようと思う。

 

 ある日の夕方、彼女は屋根裏部屋にいた。小さな窓からはオレンジ色の光が差し込み、宙に待っている埃のひとつひとつが反射している。キラキラと輝いているその様は、なんとも言えない懐かしさがあった。そして、部屋の端に積み上げられた本の隣には、タイプライターのような機械が置いてある。かなり年季が入っているようだ。彼女はそれを不思議そうな目で見つめている。

 もう誰も住んでいないこの古い洋風の家は、小学校の夏休み、家族旅行の旅先で彼女が見つけたのだった。白い外壁には朝顔のつるが伸びており、茶色の屋根が特徴の小さな家である。大人にとっては、ただの薄汚い空き家かもしれないが、当時小学生の彼女にはどこか魅了されるものがあった。しかし、無闇に入ることへの恐怖には勝てず、その年の夏休みは終わってしまった。

 それから数年後、大学進学を機に上京した彼女は、子供の頃の思い出など忘れてしまっていた。充実したキャンパスライフを送っており、今は長期休暇を利用して友人たちと旅行に来ている。一日中歩き回った所為か、今すぐに湯船に浸かって、早く布団に潜りたい気分だった。チェックインまで、まだ時間はあるが、今日のところは予約した宿へ行くことにした。

 宿を目指して街並みを皆で歩いていると、この風景に既視感を覚えたその瞬間、今まで忘れていた、あの夏の思い出が蘇ってきた。有名な観光地ではないため、行くまで気づかなかったのだろう。そして、あの小さな洋風の家は残っているのだろうか。彼女は、「忘れ物しちゃったから、先に行ってて」と友人たちに告げた。

 記憶を頼りに歩み進めると、見覚えのある家を見つけた。朝顔のつるに、茶色の屋根、何も変わっていないことに彼女は安堵した。前よりも小さく感じられるのは、自分が大きくなったからだろうか。そんなことを思いながら、家に足を踏み入れるかどうか考えていた。大の大人が不法侵入して良いものかと多少躊躇したが、空き家だからと言い聞かせて扉を開けた。鍵はかかっていないようだ。そのまま、導かれるように階段を登り、屋根裏でタイプライターのような機械を見つけた。

                     続く